大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和58年(う)18号 判決 1983年5月24日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中二七〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人長谷川英二及び被告人提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

各論旨について判断するに先立つて、職権によつて調査すると、原判決には、左記のとおり、審判の請求を受けない事件について判決をした違法があり、原判決は破棄を免れない。

本件起訴状に記載された公訴事実は、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五七年一月三〇日ころから同年二月二日ころまでの間、札幌市内において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液若干量を自己の腕部に注射し、もつて覚せい剤を使用したものである。」というのであるが、これに対し、原判決は、「罪となるべき事実」として、「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五七年一月三〇日ころから同年二月二日ころまでの間、札幌市内において覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパンを含有するもの若干量を自己の身体に注射又は服用し、もつて覚せい剤を使用したものである。」旨認定し、このような選択的(択一的)認定をした理由を「補足説明二」において詳細に判示している。これによると、原判決は、要するに、(一) 本件公訴事実は、右起訴状の記載にかかわらず、昭和五七年一月三〇日ころから同年二月二日ころまでの間における被告人の注射又は嚥下(服用)の方法による、最後の覚せい剤使用の事実であると解すべきであるとしたうえ、(二) 証拠によれば、右期間内における被告人の注射による覚せい剤使用の事実の存在を疑うことができるがこれを断定することができないとするとともに、被告人が逮補以来公判終結にいたるまで一貫して「警察官が周辺で見張つているものと感じてビニール袋入りのまま覚せい刻を嚥下した」旨供述していること等に照らすと、被告人は右期間内に注射による使用をしていなければ嚥下による覚せい剤の使用の事実を認めることができ、しかも、「注射、嚥下による使用は互いに他を排斥する関係にあるとはいえない」もので、右期間内に両者が並存した可能性もあるがその先後関係は不明であり、(三) このような事実関係の下では、「罪となるべき事実」として前記のとおり選択的認定をすべきである、と判断したものと解される。

しかしながら、本件起訴状の「公訴事実」において覚せい剤使用の方法を注射によると明示されていること、被告人の前掲嚥下による覚せい剤使用の弁解について、検察官は、原審公判を通じ終始、右弁解は虚偽であり注射による使用の事実は明白である旨主張立証し、論告求刑もこれを前提としていることに徴すると、検察官が本件公訴提起の対象としている事実は、被告人が弁解しているような嚥下による覚せい剤使用の事実ではなく、注射による使用の事実であり、「公訴事実」記載の期間内において注射使用の事実が数個ある場合にはその最後の事実を訴追しているものと解するのほかはない。ことに、被告人の弁解する嚥下による覚せい剤使用の態様、状況は特異なものであり、これと検察官の主張する注射による覚せい剤使用とはその基本的事実関係を異にし、それぞれ別個の公訴事実に属することはいうまでもないが、検察官がこのような別個の公訴事実を選択的に公訴提起の対象としているとは考えられない。

要するに、本件公訴事実は、前記の期間内における最後の注射による覚せい剤使用の事実であり、訴因として表示されているところも右に尽きるものである。したがつて、原審としては、右期間内における注射使用の事実を認めることができるかどうかについて審理し、これを認めることができなければ無罪を言い渡し、一回又は二回以上の注射使用の事実を認めることができるならば、その一個又は最後の注射使用の事実について有罪を言い渡すべきものであり、注射使用の事実を認めることができない場合これに代えて別個の公訴事実である被告人の前掲弁解に現われている嚥下による使用の事実を認定することは許されないというべきである。原判決は、結局、本件公訴事実だけでなく、公訴事実以外の事実をも審判の対象とし、本件公訴事実が認められないならば他の事実について有罪を言い渡すべきものとしたことに帰するものであり、刑事訴訟法三七八条三号後段にいう「審判の請求を受けない事件について判決をした」場合に該当し、原判決は破棄を免れない。<以下、省略>

(渡部保夫 横田安弘 平良木登規男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例